PR EIGHT-JAM(関ジャム)

EIGHT-JAM 2025年7月13日 90年代バンド史_BLANKEY JET CITY、THEE MICHELLE GUN ELEPHANT(小林祐介、加藤隆志、茂木欣一)

90年代バンド史!!
BLANKEY JET CITY!!
THEE MICHELLE GUN ELEPHANT!!

大好きな音楽番組
EIGHT-JAM (旧 関ジャム 完全燃SHOW)(日曜日 よる11:15~、たまに11:30~)のまとめ記事です。

EIGHT-JAM」は、プロミュージシャンの方々が、

音楽理論、音楽の奥深さなどを楽しめて学べるので、とても大好きな番組です。

こちらでは、メモ程度に残させていただいております。

気軽に楽しんでいただけれたら嬉しいです。

90年代バンド史_ゲスト

アーティストゲスト

小林祐介(The Novembers/THE SPELLBOUND)
・加藤隆志(東京スカパラダイスオーケストラ)
・茂木欣一(東京スカパラダイスオーケストラ/FISHMANS)

小林祐介
The Novembers/THE SPELLBOUND
・BLANKEY JET CITY解散後の浅井健一らと
2014年バンド「ROMEO’s blood」を結成し共に活動。

加藤隆志さんコメント
最近、フェスで会った若いバンドマン
実は僕ブランキー好きなんですよね」みたいなのを
結構聞くことが多くて、この特集をぜひやってほしいと思ってました。

✅EIGHT-JAM 2024年11月17日 東京スカパラダイスオーケストラ特集

✅ハシヤスメ・アツコさんコメント
私、お2組含めてBiSHを始めてから聴きました。

BiSHを作った渡辺さんが、
お2組の音楽を聴いて育ってきたりとか好きだったので、
やっぱそのルーツを知りたくて私も音楽ずっと聴いてました。
 ※渡辺淳之介:音楽事務所「WACK」の創業者。

90年代バンド史_小林祐介さんと打合せにて

小林祐介さんコメント
ロックバンドにスポットを当てたい。
ロックバンドの昭和的価値観
それは誰かと誰かが直接会って
喧々諤々しながら何かを作り上げていくというものだが、
現代社会ではそれがどんどん間引かれている

だけど、90年代のロックシーンには
真逆のことをやったからすごいことを起こした人がいる

そのバンドが…
BLANKEY JET CITY(ブランキ―ジェットシティ)
THEE MICHELLE GUN ELEPHANT
(ミッシェルガンエレファント)

コスパ、タイパという概念が蔓延る(はびこる)現代社会の中で、
バンドというものは、その真逆の行為のように扱われることがあります。
実際にそうです。

しかし、そんな効率化、最適化された人間関係は、
無痛で快適でこそあれ、何もすごいことは起こさないのです。

お互いに正面から向き合うこと
触れ合うことを恐れすぎたあまりに
替えが利く軽やかな人間関係の中で、
軽やかに人々の日常を埋め尽くしていく

そういったものとは真逆なロックバンド
ブランキーとミッシェルです。

彼らは計り知れない葛藤や痛みを抱え、
残念ながら解散してしまいましたが、
そこに行き着くまでに、彼らは常に自分であろうとし、
自分たちであろうとしたはずです。

”本当のこと”をやる時は、
誰一人代わりがいないのです。

90年代バンド史_1987年-1992年(BLANKEY JET CITY)

1987年
・THE BLUE HEARTS
・BUCK-TICK
・ユニコーン
・THE COLLECTORS

1988年
・エレファントカシマシ
・JUN SKY WARKER(S)
・B’z
(BOOWY解散)

1989年
・東京スカパラダイスオーケストラ
・COMPLEX
・X JAPAN
・LINDBERG
・フリッパーズ・ギター
(イカ天 放送開始)

1990年
・BEGIN
・FLYING KIDS
・たま

1991年
BLANKEY JET CITY
・スピッツ
・FISHMANS
・the pillows
・怒髪天
・Original Love
・THE MAD CAPSULE MARKETS

1992年
・Mr.Children
・ウルフルズ
・THE YELLOW MONKEY
・LUNA SEA

加藤隆志さんコメント
BLUE HEARTSが、87年ですかね、
すごく衝撃的で、本当にバンドブームで、
もうすごいバンドたくさん出てた。

そこから、ブルーハーツの感じを真似たというか、
ファッションとか同じようなバンドがたくさん出てきて、

で、そこにだんだんと、なんかみんな飽きてきて
音楽をなんか追求する
というか、
そういうバンドをみんな欲してきたっていうところが
90年代頭にやっぱりあったんだと、

それで
ブランキ―ジェットシティ、
スピッツ、
フィッシュマンズ


みんな独自の音楽を自分たちなりに
追求していったっていう時代
だったのかもしれないですね。

✅原宿ホコ天(1977-1998)

✅三宅裕司のいかすバンド天国(1989-1990)

イカ天」の通称で人気を集め、
アマチュアバンドの登竜門となった番組。
5週連続で勝ち抜くと「グランドイカ天キング」の称号が与えられた。

当初「イカ天」は関東ローカルで放送をスタート。
番組の人気上昇と共に放送地域も増えていったが、
関西地区ではスペシャル版が一度放送されたのみで、
レギュラー放送は無かった。

✅グランドイカ天キング
・初代:FLYING KIDS
・2代目:BEGIN
・3代目:たま
6代目:BLANKEY JET CITY

茂木欣一さんコメント
ブランキーが出てきた時は生で見てて、
他のバンドとね、明らかにね、
テレビのスピーカーなのに音が違う


本当にアマチュアかな、この人たち!?
と思うっていうぐらいでした。

✅加藤隆志さんコメント
圧倒的に3人とも演奏力が全然違うし、
あと、やっぱ歌詞がすごい独自の世界観でした。

✅1991年デビュー

🎵THE MAD CAPSULE MARKETS
バンドサウンドに打ち込みのデジタルサウンドを取り入れ
後のラウドシーンに大きな影響を与えた。

🎵少年ナイフ
インディーズ時代に海外で人気を集め、
逆輸入で日本デビュー

ニルヴァーナと共にイギリスツアーを回るなど、
海外進出バンドの先駆者。

🎵FISHMANS
ダブやレゲエなどを取り入れたサウンドで世界的に支持を集める。
99年、佐藤伸治(Vo)が急逝するも現在も活動している。

茂木欣一さんコメント
僕、フィッシュマンズだけど、
音の響きが全然違うけれども、
こう誰も聴いたことのないような音楽を作りたい
という気持ちで、全く一緒っていう…

なんかどこにもない、
このバンドでしか聴いてもらえない音楽を作りたい
そこを突き詰めたいっていう意味では、
ブランキーもフィッシュマンズの一緒だったと思うんですね。

✅愛称「ベンジー」

ボーカル浅井健一の愛称はベンジー
ブランキ―ファンの椎名林檎
丸の内サディスティック」で歌っているのは彼のこと

🎵「丸の内サディスティック」椎名林檎

90年代バンド史_BLANKEY JET CITY

今こそ語りたいプロが憧れるバンド BLANKEY JET CITY

加藤隆志さんコメント
3人の圧倒的な演奏技術、存在感
ベンジーの歌詞、楽曲のセンス。
照井さん美学
中村達也さんの演奏技術、
パンクロッカーとしての生き様
3ピースのバンドとは思えなかった。

小林祐介さんコメント
自分たちのルーツの庭の中から出ず、出られず、
そこでのやり取りで終わるバンドもいますが、
彼らはその庭をとっとと出ていき

心の赴くがまま、傷を負いながらも
自由に旅をしていたバンド
のように思います。

不良少年のロードムービーがそのまま音楽になったような

🎵「PUNKY BAD HIP」BLANKEY JET CITY(1993年)

🎵「赤いタンバリン」BLANKEY JET CITY(1998年)

✅加藤隆志さんコメント
今、ライブ映像を久しぶりに見て、思い出すことが…

やっぱりね、お客さんと演者との間にもすごい緊張感があって、
今ってやっぱりロックフェスティバル。

ロックバンドって、お客さんと一緒に楽しむような感じある
ブランキーとかは3人で戦ってて、
ステージで戦ってる感じを興奮しながら見てる感覚


やっぱロックのライブってこんなだったなって

90年代バンド史_BLANKEY JET CITY の名曲

「D.I.J.のピストル」BLANKEY JET CITY(1993年)

ものスゴく独特な進行
聴いた事のないロック!!
3rdアルバム収録曲

🎵「D.I.J.のピストル」BLANKEY JET CITY(1993年)
・1995年8月代々木公園野外ステージで開催されたフリーライブ。
猛暑の中13000人が集まり、伝説のライブと言われている

茂木欣一さんコメント
ライブでは、
後半のブレイクで絶叫する照井さんに注目
理屈じゃない、あの瞬間に血が騒がない人はいないと思う。

「小さな恋のメロディ」BLANKEY JET CITY(1998年)

ロックバンドそのものが
この1行に込められている

🎵「小さな恋のメロディ」BLANKEY JET CITY(1998年)

小林祐介さんコメント
どこかに行きたいというより、
ここに居たくないというエネルギー

ロックバンドそのものがこの1行にある気がする

この曲は小学生の思春期に出会って、
子供ながらに歌詞に驚いた、
いろいろな意味で影響を受けた1曲。

「悪いひとたち」BLANKEY JET CITY(1992年)

歌詞が物議を醸した
美しいギターの音色が印象的な1曲

🎵「悪いひとたち」BLANKEY JET CITY(1992年)
9分にも及ぶ大作。一部の歌詞に問題ありとなりメジャーではなく
インディーズという形で発売された

✅小林祐介さんコメント
人類史の中で繰り広げられてきた人間の愚かさが
テーマにありながらも、
どんな残酷なことをしている
悪い奴でも生まれてくる子供は天使のようで…


壮大なことを綺麗なアルペジオのリフレイン
ゆったりした曲で訥々(とつとつ)と伝えてくる

古田新太さんコメント
この曲が出た時は確かにショッキングだった…

もう俺はデビューして10年ぐらい経ってたけど、
自分のお芝居でやっぱ使ったもん、あの曲

✅小林祐介さんコメント
悪いひとたちがやって来てみんなを殺した」から始まって、

聴いてる時は自分と悪い人って言って、
自分と悪い人をこう別の存在として聴き進めてくんですけど、

途中からその感情がどんどんグラデーションのように
押し寄せてきて

そっか、自分たちの見方によっては
悪い人たちの子孫なんだっていう目線を持たされる
歌詞なんですね。

で、未来にいる自分は今日、
今どんなふうにいいことを世の中で起こそうっていう風に
自然と思わせてくれる曲っていうか、

どんないい人間になれたらいいんだろうっていうこと、
そういうメッセージとかもブランキ―ジェットシティって
実は結構いろんな曲にあって、日常を変えてくれる…

90年代バンド史_1992年-1999年(THEE MICHELLE GUN ELEPHANT)

1992年
・Mr.Children
・ウルフルズ
・THE YELLOW MONKEY
・LUNA SEA

1993年
・JUDY AND MARY
・ソウル・フラワー・ユニオン

1994年
・GLAY
・Hi-STANDARD
・L’Arc~en~Ciel
・サニーデイ・サービス
・bloodthirsty butchers

✅1995年
・フラワーカンパニーズ
・THE HIGH-LOWS

✅1996年
THEE MICHELLE GUN ELEPHANT

✅1997年
・Dragon Ash
・TRICERATOPS
・SUPERCAR
・BOOM BOOM SATELLITES
・eastern youth
(フジロック初開催)
(AIR JAM初開催)

✅1998年
・ゆらゆら帝国
・くるり

✅1999年
・DIR EN GREY
・クラムボン
・NUMBER GIRL
・BRAHMAN
(RISING SUN ROCK FES初開催)

✅BLANKEY JET CITY年表

FUJI ROCK FESTIVAL'98 in TOKYO
東京・豊洲で開催され、2日間で7万人を動員。
ブランキ―・ミッシェルはこの年がフジロック初出演。

加藤隆志さんコメント
初めてブランキー見たのは98年のフジロックフェスティバル

豊洲でまだやってたんです。
海外勢のそうそうたるメンバーと…

で、日本人アーティストっていうのも本当に数えるほどしなくて…
ほんとかっこよかったですね。

✅THEE MICHELLE GUN ELEPHANT 1996年デビュー

✅ナレーション
ミッシェルガンエレファントのデビューは1996年。
この年ヒットした曲はスピッツやB'z
そしてMr.Children「名もなき歌」がオリコン年間ランキング1位を獲得。

この頃、90年代の音楽シーンは渋谷系が人気を集め、
90年代中盤には小沢健二が大ヒット。

そんな時代にデビューしたミッシェルだが、結成は1988年。
明治学院大学のサークル「ソング・ライツ」
Voチバユウスケが参加したことがきっかけ。

ちなみにサークルの1年先輩には、
本日のゲスト茂木が所属するフィッシュマンズも在籍
していた。

(ナレーション)
そしてインディーズ活動を経て、
1996年メジャーデビュー

ちなみにこの翌年1997年は人気バンドが続々デビュー。

番組でもおなじみ和田唱がボーカルを務めるトライセラトップスや、
ハナレグミ、レキシが所属していたSUPER BUTTER DOG
そしてDrangon Ash
さらにいしわたり淳治がギタリストを務めていたSUPERCAR

UNISON SQUARE GARDEN斎藤宏介が
以前番組で大ファンだと語ったGRAPEVINE

そして、本日のゲスト小林のバンドメンバー中野雅之が
所属するBOOM BOOM SATELLITES

さらに1997年にはフジロックフェスティバルが初開催
そして、ハイスタンダード主催の伝説的フェス
AIR JAMも初開催されるなど日本のライブシーンが謳歌し始めた時代だった。

加藤隆志さんコメント
チバユウスケさんの圧倒的な歌唱力、存在感
ギタリスト アベフトシさんの唯一無二のカッティング
その存在感!!
楽曲のポップなメロディーセンス

🎵「キャンディ・ハウス」THEE MICHELLE GUN ELEPHANT(1996年)

90年代バンド史_THEE MICHELLE GUN ELEPHANT

今こそ語りたいプロが憧れるバンド THEE MICHELLE GUN ELEPHANT

ナレーション
ミッシェルの伝説のライブといえば、
1998年フジロックフェスティバル。
ライブ開始前から灼熱のステージに何万人もの観衆が殺到

✅1998年8月2日 FUJI ROCK FESTIVAL

危険を察知したスタッフが演奏を止めに入り、
ライブは一時中断

チバユウスケさん

起こしてやろうぜ。せっかくだからよ!!

倒れてるやつはちゃんと起こしてやろうぜ。

大丈夫だよ。絶対に死ぬなよ!!

✅加藤隆志さんコメント
苛立ちを隠せないアベさんの表情。
錚々(そうそう)たる海外アーティストの中で、
日本のロックバンドとしてのアイデンティティを表した
凄まじいステージ


今のフェスのムードとは違って、
ヒリついた当時のロックフェスのムードも感じられると思います。

まだロックフェスが定着する前なんで、
どのぐらいお客さんが毎日殺到するか、
スタッフの方もわからないし、

特に98年のフジロックは海外勢がすごくて、
俺たちがやんなきゃっていう気合が…

日本のバンドをなめられちゃいけないっていうのを
背負っていたと思うんですね…

THEE MICHELLE GUN ELEPHANT_東京スカパラダイスオーケストラ

✅2001年にはスカパラ歌モノ3部作にチバユウスケが参加

🎵「カナリヤ鳴く空」東京スカパラダイスオーケストラ(2001年)

✅茂木欣一さんコメント
当時は大学のただ友達だったからね…
彼のバイトしてるそのリハーサルスタジオとかね、
行ったりとかして、家泊まり行ったりとかしてね。

(村上さん)
そんな時代、時間があって、それこそ、
スカパラでも一緒する…とか、
またなんかいろんな思いがありますね…

(茂木欣一さん)
そうですね、
お互い誠実に音楽を奏で続けてきたなっていう。
なんかご褒美みたいな感じは、
そのスカパラでなんか再会した時、思いました

THEE MICHELLE GUN ELEPHANT_チバユウスケの歌唱力

🎵「ジプシー・サンディー」THEE MICHELLE GUN ELEPHANT(2003年)

✅加藤隆志さんコメント
チバさん、やっぱ声質とかシャウトとか、
そういうかっこよさみたいなのに注目が行くんで、
当時はあんまり気づかなかったんですけど、
元々歌がうまい

茂木欣一さんコメント
歌は元々うまい
確かに、チバユウスケ、
音程外してんの僕聞いたことない

小林祐介さんコメント
年々チバさんの声どんどんしゃがれていって、
ディストーションみたいな倍音がどんどん増えていったまま、
キャリア上り詰めていく
わけですけど、

いざこう自分で弾き語りとかやってみたりすると、
こんなポップなメロディーだったんだっていう。
美しいメロディーで、かっこいい声質で。

で、もちろんそのメロディーをチバさんが歌い上げてるから、
あんなにポップに響いたんだ
っていう。

影響を受けたバンドって、
やっぱり声をしゃがれさせることだったりとか、
すごいエネルギーで演奏するっていうことに
フォーカスしすぎていて、やっぱポップになれなかった

そういうバンド周りにたくさんいたので、
やっぱり原点に帰るとすごいうまいなって思いました。

90年代バンド史_THEE MICHELLE GUN ELEPHANTの名曲

「ゲット・アップ・ルーシー」THEE MICHELLE GUN ELEPHANT(1997年)

ボーカル&ギターに注目!
1997年リリース5枚目のシングル

🎵「ゲット・アップ・ルーシー」THEE MICHELLE GUN ELEPHANT(1997年)

加藤隆志さんコメント
シンプルなギターリフとシンプルなメロディーライン
チバさんの歌唱だからこそ成せる名曲!!

✅小林祐介さんコメント
ウエノさんはシンプルなフレーズを無骨にピック弾きするスタイルの
ベーシストの中でも、随一の記名性があるサウンドの持ち主
あの乾いたドライブ感は、ロックベーシストの中でも最高峰だと思う。

そして、クハラさんが叩くシンプルなフレーズの中に息づく
ダイナミズムや反復の中に生まれる彼ならではのグルーヴが機微

ロックバンドはみんなこれが欲しんだ!!とつくづく思いました。

「ドロップ」THEE MICHELLE GUN ELEPHANT(2000年)

ミッシェルの好きな歌詞が凝縮されている!

🎵「ドロップ」THEE MICHELLE GUN ELEPHANT(2000年)

小林祐介さんコメント
なめつくした ドロップの気持ち」が、
夜の明け方や時間の経ち方の比喩として秀逸すぎる。

飴は、口に入れた瞬間から
小さくなっていってるという体幹がない。

ただ同じ固形のものが口の中にあって、
ずっとこれが続くような気がするくらい
本当に少しずつなくなっていく。

夜の時間も永遠だと思っていたが、
いつの間にかもう朝になっている

「ドロップ」っていう曲が、
僕が好きな「青い春」っていう映画があるんですけど、
松田龍平さんがそのヤンキー校を舞台にした青春映画って
言っていいと思うんですけど、

そういう青春っていうものって
本当にいつまで続くんだろうみたいな、
永遠なのかな、どうなのかなっていうような心持ちと
一緒に過ごしてる時期
でもあるじゃないですか。

でも、本当に、飴がもう気づいたらなくなってたみたいに、
青春の1ページみたいなものとか、
あんなに自分がこう、
抜け出したくても抜け出せなかったような
青春みたいなものとか、
いろんなものが気づいたら、
もうあっけなくなくなっていたみたいな刹那感
とか、
こんなに見事なタイアップってあるんだっていうのは、
大人になってから気づいたんです…

🎵「青い春」 予告編

SUPER EIGHT横山さんコメント
いやーかっこいいですね
もうほんまにすごいな。
見入っちゃうというか

なんかメロディアスですよね。
曲も鷲掴みされますね


いや、今日バンド始める子多いと思うで…

90年代バンド史_解散

BLANKEY JET CITY_2000年5月10日 解散宣言

✅ナレーション
ミッシェルガンエレファントがデビューした96年、
ブランキーはメンバーそれぞれがソロプロジェクトを始動。

そして99年、再びソロ活動。
この年、スカパラの初代ドラマー青木辰之が急逝
そのわずか2週間後から始まったスカパラのツアーは、
中村達也がサポートドラマーを務めた。

そしてこの翌年、ブランキージェットシティは
朝日新聞の広告場で突然の解散宣言

✅BLANKEY JET CITY 最後のワンマンライブ 2000年横浜アリーナ

浅井健一さん

いつまでもいつまでも、覚えとってね、
俺たちのことを…

✅茂木欣一さんコメント
2000年の横浜アリーナでのラストライブ。
3人のグルーヴがあまりに究極に極まったとんでもない時間でした。

✅ナレーション
この後、ブランキージェットシティはフジロックフェスティバルに出演
盟友ミッシェルガンエレファントとともに日本のバンドとして
初のヘッドライナー
を務め、そしてそれがラストステージとなった。

THEE MICHELLE GUN ELEPHANT_2003年8月31日 解散通知

✅ナレーション
この頃、ミッシェルはさらに人気が上昇。
2001年にはアルバムがオリコン3位を記録。

しかし人気絶頂の2003年8月31日、
ファンクラブ会員へ向けた封書で解散を通知

🎵「世界の終わり」THEE MICHELLE GUN ELEPHANT

✅小林祐介さんコメント
高校生の頃、ミッシェルの解散ライブには
なんとか行けましたが、
それが唯一のミッシェルのライブ体験でした。

ライブで衝動に突き動かされる体験をしたのは
あれが初めてでした。

無我夢中で、いつの間にかモッシュして最前列で
ライブを見ていました


絶叫を交えた割れるような歓声
屈強な大人の男たちが泣きながら
拳をあげている様子やその熱にあてられた


ロックバンドが誰かの人生を導き、
熱狂させている景色に胸が震えたのをよく覚えています

✅加藤隆志さんコメント
こればっかりはもう演出でできないんですよね
人生かけてずっと走ってきて、
両バンドともここのステージを迎えて
っていう…

僕はちょっとそこまでの経験をしたことがないので、
どういう気持ちでそこに立ってるのかっていうのは
ちょっと理解はできないんだけど。

なんつうのかな、やっぱりあの顔
アベさんの全てなんかやりきったというか、
だけどなんか未練もあるのか、
わかんないんだけど、
あの顔がやっぱりすごく印象的ですね、やっぱり…

✅小林祐介さんコメント
いろんなプロジェクトとか、
いろんなコラボとかを経験していくと、
この良くも悪くも人は
その中で正解を出そうとする


でもバンドっていうのは正解を出すことより
真実にたどり着くこと


自分たちメンバーにしか知りえないこの世界の真実に
たどり着こうとすることがバンドだと僕は思うんですよ


だからそういった意味で、
その彼らはずっとこう、
誰と何かをするにしても、
俺たちが出会った甲斐あるよなとか、
今俺たちが一緒にいるからこれが生まれたよな
っていう、

真実にこうたどり着こうっていう熱い人たちだと思うんです。
俺は俺であることを諦めないし、
俺はお前のことも諦めない
みたいな、
こう、熱い絆みたいのがあって。

だったからその分、軋轢があって
ミシェルとブランキーは悲しいけど解散してしまいましたが、

どちらかというと彼らがあの時あの場所で
息を合わせていたんだっていう事実が
今日みたいな人に繋がってることを考えると、
やっぱりあれは時代とか時空を超えて、
いろんな人をこう感動させるエネルギーを持った
存在だった
んだなっていうのがやっぱり今日確信しました。

天国へ(アベフトシ、チバユウスケ)

✅ナレーション
解散後、2組のメンバーは様々なバンドやユニットで活動。

そんな中、
2009年、ミッシェルガンエレファントのギタリスト、
アベフトシが急性硬膜外血腫のため42歳で死去



葬儀の翌日、The Birthdayとしてライブに臨んだ
チバユウスケは、冒頭で
今日のライブは、俺たちの大親友だったアベフトシに捧げます」と語った。

✅2019年 チバユウスケと18年ぶりにコラボ

🎵「¡Dale Dale! 〜ダレ・ダレ!〜 feat.チバユウスケ」TOKYO SKA PARADISE ORCHESTRA(2019年)

✅チバユウスケ、2023年4月、食道がんの治療のため休養を発表

チバユウスケ、2023年11月、55歳で死去

✅ナレーション
スカパラは甲子園球場のライブで、
過去にチバとコラボした2曲を演奏


多くのロックファン、
そしてアーティストや関係者が哀悼の意を表し、
全国各地のライブやロックフェスで追悼のステージが届けられた。

同じ時代を駆け抜けた盟友、浅井健一は
自身のXで追悼のコメントを寄せた

浅井健一さん

チバユウスケ氏のご冥福を心からお祈りします。

残念でなりません。悲しいし。


大きな存在がこの世からいなくなってしまいました

加藤隆志さんコメント
チバさんに関しては、なんかやっぱこう、
あのVTRで見ても、まだなんかまだいるような気がしてるっていうか…

SUPER EIGHT 大倉さんコメント
バンド活動としては
決して長くはなかったのかもしれないですけど、
なんかすごい輝きで、とてつもないなんかエネルギーを感じて、

で、そん時の輝きで、みんながこう、
すごく心打たれて覚えてるっていうようなことが、
なんか自分もちょっと触れられてよかったです…

(村上さん)
ほんと未だに影響を受けてる人たちがいるということですね。

✅茂木欣一さんコメント
なんかみんなの言葉を聞いてて、
やっぱり命がけでやってきたことは、こうやって、
時を超えるんだな
っていうのは、
今日ものすごいもらった宝物じゃないかなっていう気がしてるし、

チバユウスケにしても、
やっぱり本当にロックを全うした男
というか。

だって、音楽をかければ
そこにはもうそれこそ切磋琢磨した中から生まれた、
もう珠玉の名曲たちとか、
いい歌声が聴ける
わけだからね。

それがずっと誰かの心に受け継がれていったら、
それはもう最高のロック作品
として言いようがないし。

本当、特集してくれてありがとうございます

次回予告

【次回予告】
2025年8月10日(日) よる11時15分~
J-POPが2025年に世界的ブームになる!およそ1年振りのアニソン特集!

【アーティストゲスト】
冨田明宏、林ゆうき、高尾奏音、松浦裕暁


【トークゲスト】
山崎弘也(アンタッチャブル)、足立梨花

終わりに


90年代バンド史 特集!!
ありがとうございます!

BLANKEY JET CITY
THEE MICHELLE GUN ELEPHANT


大好きな2組のバンド
改めて、素晴らしさを実感致しました。

特にミッシェルは、コピーバンドもしていましたし
幕張のラストライブにも足を運んだため、とても感慨深いものでした。
ゲストの皆様の解説を聴き、聴いているうちに、
当時の記憶が鮮明に蘇り、思わず涙が溢れました。

このような素晴らしい特集をしていただき、
本当にありがとうございます!



【印象に残った言葉など】
・バンドというものは、コスパ、タイパの真逆の行為
・効率化、最適化された人間関係は無痛で快適でこそあれ、何もすごいことは起こさない
・”本当のこと”をやる時は、誰一人代わりがいないのです
・独自の音楽を自分たちなりに追求していったっていう時代
・他のバンドと明らかにテレビのスピーカーなのに音が違う
・このバンドでしか聴いてもらえない音楽を作りたい
・パンクロッカーとしての生き様
・心の赴くがまま、傷を負いながらも自由に旅をしていたバンド
・不良少年のロードムービーがそのまま音楽になった
・ステージで戦ってる感じを興奮しながら見てる感覚
・ここに居たくないというエネルギー
・ロックバンドそのものがこの1行にある気がする
・壮大なことを綺麗なアルペジオのリフレインと
・ゆったりした曲で訥々(とつとつ)と伝えてくる
・悪い人たちの子孫なんだっていう目線を持たされる歌詞
・どんないい人間になれたらいいんだろう
・日常を変えてくれる
・唯一無二のカッティング
・大丈夫だよ。絶対に死ぬなよ!!
・日本のバンドをなめられちゃいけない
・お互い誠実に音楽を奏で続けてきたご褒美
・チバさんの歌唱だからこそ成せる名曲
・記名性があるサウンドの持ち主
・ダイナミズムや反復の中に生まれる彼ならではのグルーヴが機微
・なめつくした「ドロップ」の気持ち
・「青い春」
・飴がもう気づいたらなくなってた
・あっけなくなくなっていた刹那感
・朝日新聞
・絶叫を交えた割れるような歓声
・屈強な大人の男たちが泣きながら拳をあげている様子
・ロックバンドが誰かの人生を導き、熱狂させている景色に胸が震えた
・こればっかりはもう演出でできない
・やっぱりあの顔
・バンドっていうのは正解を出すことより
・真実にたどり着くこと
・今俺たちが一緒にいるからこれが生まれたよな
・真実にこうたどり着こうっていう熱い人たち
・俺は俺であることを諦めないし、
・俺はお前のことも諦めない
・彼らがあの時あの場所で息を合わせていたんだっていう事実
・まだなんかまだいるような気がしてる
・命がけでやってきたことは、時を超えるんだな
・本当にロックを全うした男
・切磋琢磨した中から生まれた珠玉の名曲



”本当のこと”
小林祐介さんコメントがいつもながら秀逸で
グサグサ刺さりました。

「効率化、最適化された人間関係は、
無痛で快適でこそあれ、
何もすごいことは起こさないのです。
お互いに正面から向き合うこと、
触れ合うことを恐れすぎたあまりに
替えが利く軽やかな人間関係の中で、
軽やかに人々の日常を埋め尽くしていく。
そういったものとは真逆なロックバンドが
ブランキーとミッシェルです。
”本当のこと”をやる時は、誰一人代わりがいないのです」



■90年代のバンド
この時代、個性が豊かなバンドばかりですね。
好きなバンドばかりです、
個人的にスピッツ、ナンバーガール、クラムボン
取り上げられていて嬉しく思います。
BGMとしてスピッツの「ヒバリのこころ」が流れたのも嬉しい。
デビュー曲として名曲。



■グランドイカ天キング
初代のFLYING KIDSの「幸せであるように」
エイトジャム過去の放送回で知り、
名曲すぎて聴き込んでいます。
Just the Two of Us進行♪
(リアルでイカ天のブランキ―、見たかったなー)



■スカパラ茂木欣一さん
茂木欣一さんとチバユウスケさん
同じ大学のサークルだったというエピソードは、
まったく知らなかった事実で驚きました。
ほんと素晴らしいご関係ですね。
茂木さんの
お互い誠実に音楽を奏で続けてきたなっていう。
なんかご褒美みたいな感じ
」のお言葉は沁みます。



■「悪いひとたち」
この楽曲は今回初めて聴いたのですが、
一瞬で心を掴まれてしまいました。
ぶっ刺さりました。
楽曲のかっこよさもさることながら、
歌詞の世界観がすごい。
メジャーでなく、インディーズでなるほどです。



絶対に死ぬなよ!
チバさん、かっこいい。やさしい。
「大丈夫だよ、絶対に死ぬなよ!」
伝説の映像をありがとうございます。

加藤さんが仰ったように
当時のヒリついた、緊張感のあるライブだったのが
ビシビシ伝わってきました。



■「ドロップ」
「ドロップ」はあかん。
イントロから泣きます。名曲。
そして、20年以上たってから、歌詞の比喩を理解しました
小林さんの解説のおかげで、
楽曲の奥深さをより深く味わうことができました。
本当にありがとうございます。

そいえば、チバさん歌詞の言葉遊び好きです。
ハイ!チャイナ!」の歌詞も好き(笑)



■ラストライブでのアベさんの表情
アベさんのあの表情は、
本当に心に深く刻まれる印象的なものでした。

やりきった感、未練、なんともいえない寂しげな顔
涙ぐんでいる顔を見ていると、
胸が締め付けられるような思いになります。

アベさんのカッティングは、
本当に唯一無二の素晴らしさ。
あの独特のリズム感と音の切れ味に魅了されました。

一つの時代の終わりを告げる瞬間に
立ち会えたことの貴重さを、改めて感じています。



アベさん、チバさん…
加藤隆志さんコメント
「チバさんに関しては、なんかやっぱこう、
あのVTRで見ても、まだなんかまだいるような気がしてるっていうか…」

という言葉にとても共感できます。

お二人がこの世を去られたという現実を今もなお受け入れることができずにいます。
(だめだ、あかん、泣く…)

しかし、音楽は残り続ける、心から感謝でございます。
ほんとすばらしい特集をありがとうございます。




「EIGHT-JAM(エイトジャム)」さん、
いつも素敵なゲスト、素敵なテーマ、楽しい番組、誠にありがとうございます!!




私がブランキ―ジェットシティを知った曲は
「くちづけ」だった記憶です。
何かテレビでたまたま見かけて、
「このバンドかっこよすぎる!」と衝撃を受けた記憶

「私の彼はドラマー タイコタタキ」の歌詞が印象的でした。
3人ともかっこよすぎます。
中村達也さん最高です。

🎵「くちづけ」BLANKEY JET CITY

かっこいいー

🎵「くちづけ」BLANKEY JET CITY


ミッシェルは、
ライブも何回も行ってました。

好きな曲はいっぱいありますが、
個人的に好きな曲。
あー、チバさん、アベさん、泣きます…

🎵ダニー・ゴー(Live) / THEE MICHELLE GUN ELEPHANT(2000年)


ほんと素晴らしい特集をありがとうございましたー

🎵ダニー・ゴー(Live) / THEE MICHELLE GUN ELEPHANT(2000年)

-EIGHT-JAM(関ジャム)