大好きな音楽番組
「EIGHT-JAM (旧 関ジャム 完全燃SHOW)」(日曜日 よる11:00~、たまに11:30~)のまとめ記事です。
「EIGHT-JAM」は、プロミュージシャンの方々が、
音楽理論、音楽の奥深さなどを楽しめて学べるので、とても大好きな番組です。
こちらでは、メモ程度に残させていただいております。
気軽に、楽しんでいただければ嬉しいです。
もくじ
アーティストゲスト
アーティストゲスト
・寺岡呼人
・ワタナベイビー(ホフディラン)
・渡辺大知(黒猫チェルシー)
✅寺岡呼人
音楽プロデューサー
中学時代に衝撃を受け、忌野清志郎をテーマにした曲
「キヨシローに憧れて」という曲を作るほどファン
1982年 中学2年で初めてライブに参加(当時のチケット)
✅ワタナベイビー(ホフディラン)
2人組ユニットホフディランのボーカル&ギター担当
学生時代からのファンで後に忌野の自宅へ行くなど親交
メイクしてもらったことを機に、忌野としてライブ出演も
✅渡辺大知(黒猫チェルシー)
トリビュートライブにも出演するなど、忌野をリスペクト。
黒猫チェルシーのボーカルで俳優としても活動する
(NHK連続テレビ小説「カーネーション」「まれ」など)
✅寺岡呼人さんコメント
そこまでの聴いていた音楽と全く異物のものが突然やってきた感じですよ。
言葉も、 例えばラブソングにしても、こんな言い方のラブソングがあるの?
もうカルチャーショックがすごくて、そこで変わりました。
こんなに自由でいいんだって!
✅渡辺大知さんコメント
音楽の表現でも世代はちょっと違うんじゃないですか。
でもすごく音楽から映像からも影響を受けて。
自分の活動があるのも清志郎さんあってこそだと思ってます
✨没後15年プロ達も愛する忌野清志郎の魅力とは?
・吉岡聖恵:誰にも真似できない唯一無二な歌声と存在
・元ちとせ:言葉とリズム感がとにかく素晴らしい
忌野清志郎ヒストリー
1968年:高校在学中にRCサクセションを結成
1970年:18歳でフォークグループとしてデビュー
1972年:「ぼくの好きな先生」が初のヒット
1976年:「スローバラード」発売。RCサクセションを代表する1曲だが、当時は全く売れず、
ライブの前座を務めるなど不遇の時代を過ごしていた
1978年:メンバーが加入するなどし、最終的には5名で活動
1880年:「雨上がりの夜空に」で一気にブレイク
1982年:坂本龍一とのコラボ「い・け・な・いルージュマジック」発売
資生堂 春のキャンペーンテーマでシングルランキング1位を獲得
1988年:忌野清志郎に似た人物が率いる覆面バンドTHE TIMERSを結成し、
「デイ・ドリーム・ビリーバー」が大ヒット。
キングオブロックとして、その地位を不動のもとのに
1991年:RCサクセションの活動休止後もソロとして活動
「パパの歌」、建設会社のCMソングで作詞は糸井重里
2006年:喉頭がんのため活動休止
2008年:闘病を経て2年後には復活ライブを開催
2009年:忌野清志郎 逝去(享年58)
忌野清志郎_敬愛するプロ達が聴いてほしい名曲
スローバラード(1976年)_寺岡呼人さんセレクト
車の中だけで描いた恋愛&別れ
🎵「スローバラード」忌野清志郎
✅寺岡呼人さんコメント
歌詞の文字数が少ない中で、半径3mにも満たない車の中だけで狭い世界を表現
✅寺岡呼人さんコメント(その2)
文字数も少ないじゃないですか。
今の曲って文字数すごく多いと思うんですけど、
例えば1番の最後の「あの娘のねごとを聞いたよ ほんとさ確かに聞いたんだ」
あれ25文字ぐらいなんですけど、あれ1番で 言うことを聞いたんだよっていう。
でも2番の同じところで「ぼくら夢を見たのさ とってもよく似た夢を」っていうことで、
もうその恋が終わってることを1番と2番の短い言葉の中で言い表していて、
しかも車の中っていう、すごく狭い中で、その別れも全部表してる
という切なさっていうのが、すごく好きです。
トランジスタ・ラジオ(1980年)_渡辺大知人さんセレクト
歌の一部のようなシャウトがスゴイ!
🎵「トランジスタ・ラジオ」忌野清志郎
✅渡辺大知さんコメント
清志郎さんのシャウトは強くて感情的に聴こえるけど
ただ発散したり盛り上がる為だけのシャウトではない。
シャウトも歌の延長、歌詞の一部になっていて歌詞を
届けるために必要なシャウトだと思う。
よォーこそ(1980年)_ワタナベイビーさんセレクト
自身の限界スレスレ!高音キーでの歌唱
🎵「よォーこそ」忌野清志郎
✅ワタナベイビーさんコメント
清志郎さんは常に、安定している歌えるキーではなく
さらに1音か2音上の限界ギリギリのキーで歌っている。
この曲は、ギターの低めのリフに対して1音半上がっているボーカルが突き刺さってくる。
半音落とせば安定するのでは…と思うけど
限界ギリギリでこその独特の危うさも魅力。
本人になぜこんなキーで歌うのか聞いたら
「1番高い音がロックなんだ」とはぐらかされた。
わかってもらえるさ(1976年)_渡辺大知さんセレクト
親近感を感じる友達界のカリスマ
🎵「わかってもらえるさ」RCサクセション
✅渡辺大知さんコメント
ステージに立って、本当にカリスマス性が溢れててかっこいい人なんですけど、
クラスの隣の席の友達に喋ってるようなことを歌って感じ。
この曲がまさになんかそういうことを歌っている曲かなと思って選びました。
上を向いて歩こう(1979年)_寺岡呼人さんセレクト
あの名曲をカバー 歌詞がハッキリ聞こえる歌唱
🎵「上を向いて歩こう」RCサクセション
✅寺岡呼人さんコメント
「う・え・を む・い・て」という感じに、ちゃんと言葉が聴こえる。
1回聴いたら耳から離れないオンリーワンの歌
WATTATA(1987年)_ワタナベイビーさんセレクト
独特のリズムを生む小さい「っ」がつく歌唱
🎵「WATTATA」忌野清志郎
✅ワタナベイビーさんコメント
メロディアスにではなく、「渡ったっ」と小さい「っ」をつけて歌う。
これが独特の清志郎歌いになっている。
リズムを出す曲では多用していると思うが
基礎体力と度胸、思い切りがないと出来ない歌い方。
✅ワタナベイビーさんコメント(その2)
「渡った」ちっちゃい「っ」1個ありますけど、渡った!と
「びっくりマーク」の感じじゃなくて…
「渡ったっっ」
ちっちゃい「っ」ちっちゃい「っ」ぐらい。
ちっちゃい「っ」を2個込めて「渡ったっっ」。
それでリズムの歯切れが出る。
雨あがりの夜空に(1980年)_渡辺大知さんセレクト
日本語だけど洋楽にも聴こえる歌唱法
🎵「雨あがりの夜空に」RCサクセション
✅渡辺大知さんコメント
アクセントをつける一が普通の日本語のアクセントに近いはずなのに、洋楽のように聴こえる。
音とリズムとして気持ちのいい言葉選びなのに意味がすっと入ってくるのがすごい
✅渡辺大知さんコメント(その2)
日本語の意味とかを通り越して、音としての気持ち良さを
追求してるんじゃないかなと思っていまして。
だから「どうしたんだ hey,hey,baby」って意味は入ってくるんですけど、
音としてのみでも気持ちが上がれるっていう…
例えば、そういう濁点の使い方だったり、「おまえまでそんな事言うの」の、
その「O」の 入れるポイントだったりとかで「言うの」っていう「の」の歌い方で
意味入ってくるのに、日本語を超えていく音に昇華させていく力があって、
そういう歌い方をすることで、日本語をロックで歌うっていうのを
確立させた人なんじゃないかなと思います。
(安田さん)
大知さんがそうやっておっしゃってることが、
もしかしたら聞き手として僕たちは聞き心地が良くて、
聞き続けちゃう理由があるのかもしれませんね。
三番目に大事なもの(1972年)_ワタナベイビーさんセレクト
中学時代に聴いて忌野の世界にハマった!
🎵「三番目に大事なもの」RCサクセション
✅ワタナベイビーさんコメント
ボーカルもすごかったんですけど、
なんかあの歌詞でこういう事を言ってる女子っているなーって…
そのまんまじゃないですか。
学園の一コマみたいな…
(ファーストサマーウイカさん)
「友達に見せるために恋をするから」
男の人が書いたと思うとすごいなと思いました
忌野清志郎_アーティストゲストのエピソード
夏フェスにて_寺岡呼人さん
✅寺岡呼人さんコメント
20歳の時に僕がデビューした時にお会いして、
その後にタイマーズの追っかけしに大阪まで行ったんです。
それは打ち上げとかでちょっと喋れるかもみたいな、ちょっとありきで行きました。
でも清志郎さん、楽屋からタクシーに乗って、東京帰っちゃったんですよ。
その後、違う場所の夏フェスで、バックヤードから清志郎さんたちの
ワンボックスカーが出てきて、清志郎さんがドアを開けて、そのまま僕のところにきて
ちっちゃい声で「大阪ではごめんね、ありがとうね」って言ってくれたんです☺
ニセ☆忌野清志郎_ワタナベイビーさん
✅ワタナベイビーさんコメント
周りの人から清志郎さん「ボス」って言われてるんすけど、
ある時、楽屋に行ったら、「ちょっとボスとベイビー、感じが似てない?」と…
それが、ライブ前だったんです。
忌野さんが「ちょっとメイク描いてみるか」と僕に描たら、「そっくりだな」ということになり
「じゃあちょっと衣装も着てみなさい。」すると体のサイズも一緒だった。
「じゃあオープニングに出なさい」ということになり、
忌野清志郎ライブの1曲目、僕だったんですよ
ギターのイントロが長々続いて、バーンとライトがついた瞬間に、
偽物の僕が出てくる…
1000人ぐらいが「わっ!」と。すごい!と思ったんですけど、
歌い出したらやっぱ違うんです(笑)
見た目はそっくりなんです。
この上げた拳の行きどころがなないみたいな感じ(笑)
清志郎さんは、そういういたずら好き。
2人で曲作り_ワタナベイビーさん
🎵「ユーモア」【ニセ忌野清志郎】ワタナベイビー
✅ワタナベイビーさんコメント
夜中2時3時にしょっちゅう清志郎さんからの留守電が入ってくるので、
僕がツアーとか、留守の時に狙ってるのか、なんかわかんないですけど、
清志郎さん「忌野だ、居留守を使うのはやめなさい。」と…(笑)
メッセージって2分ぐらいで切れるじゃないですか。
それが切れるまで「早く出てきなさい」
1週間のツアーから帰ると7日分たまってるんです(笑)。
で、ある時、うっかり電話に出ちゃったら、
清志郎さんも「お、いるのか」と(笑)
「とにかく俺はガンガン新曲を作ってるんだよ」みたいな、そういう会話なんですよ。
さっき君の住所を聞いて郵送したから、 あのカセットを聞くように。
「え。どんな曲ですか?今聞きたいです。」
夜中2時3時に電話口で…すると受話器を置いて、その後アコギを抱え、
今作りかけの曲だって曲を電話で聞かされたんですよ。
で、大ファンなので、とにかくど動揺しちゃって…
何を思ったか「今からその曲の続きを一緒に作らせてください」と…
僕2人組バンド(ホフディラン)やってるんですけど、相方の曲にですら
口出しなんかできないタイプなんですよ。
なぜか 清志郎さんに言っちゃった。
本当にその時住所聞いてすぐタクシーに乗って行って、2曲(「ユーモア」「坂道」)作りました。
その日の夜に完成して、「じゃあ失礼します」って帰ったら、
翌々朝でした。
1日半とかほぼ食事もせずずっと曲を作ってました。
(サバンナ高橋さん)
なんか神に結構言ってましたね
(ワタナベイビーさん)
結構僕が言えたっていうより、 何か招いてるというか…
人物そのものがパワースポットみたいな力があって、なんでもできちゃう…
🎵「坂道」ワタナベイビー
忌野清志郎_数々のアーティストとコラボ
✅渡辺大知さんコメント
ジャンル問わずというか、海外日本問わず、リスペクト込めていろんな方とコラボされている。
で、1枚とか1曲しかアルバム出さないけど、もう「これはバンドだ」ってバンドを
何個も作ってやったそうで、音楽だけじゃなくて、俳優をやられたり、絵も描かれたり。
初めて音楽というものを飛び越えて、自由っていうことがスタイルになった人というか…
忌野清志郎×井上陽水「帰れない二人」(1973年)
🎵「帰れない二人」 井上陽水&忌野清志郎
✅「帰れない二人」は駆け出しのころに知り合った2人の共作。
井上から誘い、アパートで約2時間で完成させた。
✅この曲を収録した井上のアルバム「氷の世界」は日本レコード史上初の
LPミリオンセラーを記録。
✅寺岡呼人さんコメント
30周年のライブでスタッフとかもみんなステージ袖とかで見ていた。
でも清志郎さんは持ってたほら貝を吹いてばかり(笑)
そういうやんちゃ心というか…
忌野清志郎×矢野顕子「世間知らず」(1992年)
🎵「世間知らず」 忌野清志郎
✅親交のあった矢野とMステで忌野の曲でデュエット。
矢野曰く、忌野は「小学校の同級生のような存在」
忌野清志郎×篠原涼子「パーティーをぬけだそう!」(1996年)
🎵「パーティーをぬけだそう!」忌野清志郎と篠原涼子
✅忌野のファンだった篠原が曲の制作を依頼。
忌野は「篠原の声はロックをやらせたら面白い」と曲を制作。
忌野清志郎×及川光博「強烈ロマンス」(2002年)
🎵「強烈ロマンス」忌野清志郎・及川光博
✅及川が楽曲提供を依頼した事から親交が始まった。
忌野が「どうせならユニット組もう」と持ちかけ「ミツキヨ」結成。
忌野清志郎×ハナレグミ「サヨナラCOLOR」feat.忌野清志郎
🎵「サヨナラCOLOR」 feat. 忌野清志郎
✅永積崇が忌野をフィーチャーしセルフカバー
竹中直人監督の映画「サヨナラCOLOR」エンディングで使用
忌野清志郎×RHYMESTER「雨あがりの夜空に 35」(2005年)
🎵 「雨上がりの夜空に 35」忌野清志郎 Feat. RHYMESTER
✅人気ヒップホップグループ・RHYMESTERを迎え
忌野清志郎35周年記念に「雨あがりの夜空に」をセルフカバー
RHYMESTER、特にMCの宇多丸は清志郎ファンを公言。
HIS(忌野清志郎×坂本冬美×細野晴臣)「スキー・スキー(スキーなの)」(1991年)
🎵「スキー・スキー(スキーなの)」HIS(忌野清志郎×坂本冬美×細野晴臣)
✅渡辺大知さんコメント
坂本冬美さんと細野晴美さんとユニットを結成して、
「坂本冬美さんとやんねんや。どんな曲になってるんやろ。」って…
まず聞く前からワクワクしてる感じというか…
そのアルバムの中でも、坂本冬美さんとちょっとショートコントみたいな事をしてるんですよ。
ラジオドラマ風。 そういう遊び心というか。
音楽っていうフォーマットの中でこんな大御所の方とかも呼んで、みんなでふざけて遊んでる感じ。
忌野清志郎_バンド全盛期の日比谷野音ライブ(1986年)
アンコール曲「ヒッピーに捧ぐ」
ぜひ観てほしい!伝説のライブの一曲
🎵「ヒッピーに捧ぐ」 RCサクセション
✅「ヒッピー」と呼ばれていたマネージャーが急逝。その時に作られた楽曲。
✅渡辺大知さんコメント
現場マネージャーのヒッピーさんっていう方が亡くなってしまったそうで、
その時に作られた曲だそうです。
このライブの映像を見た時に、「捧げる」っていうのはどういうことかを学びました。
あのライブっていうもの自体が祈りのような感じもしましたし、
その僕もその当時のお客さんもヒッピーっていう方、亡くなってしまったヒッピーって方は
知らないかもしれないんですけど、それでも、その方の人となり、人柄だったり、
清志郎さんとその方の間に流れていたんじゃないかと思う距離感とか、
関係性が作る温もりみたいなものを感じられて、なんかそれがライブをする人に聴いてもらう
ということなのかなっていう風に思いました。
✅ワタナベイビーさんコメント
ディープファン同士ではもう定番すぎてちょっと上げるのが悔しいぐらい
この「ヒッピーに捧ぐ」はあまりライブでやらなくて、
僕も実際生で聞いたことはないんです。
めったに何かあった時じゃないとやらないと言われているものを、呼人さん見に行ったんですよね…
✅寺岡呼人さんコメント
このイントロが流れた時に、「まさかヒッピーじゃないよな」っていう感じで、
友達同士と言っていた。
歌い出した瞬間に。鳥肌が…
もうそれぐらいライブでやらない。
曲の内容自体は、 ヒッピーが亡くなって、それを知らせを聞いて、
自分がまたコンサート会場に行くまでの曲なんですよ。
で、やっぱりこの時の清志郎さんって、何か取り憑かれている気がするんですよ。
音楽の魔物というんですかね、そんな歌詞って絶対書けないなって思うし、
なかなかこういうことを歌詞にはできないし、
例えばこの君が生き返ってっていう言葉を歌詞にできるけど、
「空を引き裂いて君がやってきて」っていうぐらい、
その言葉1つ1つのインパクトもすごい。
普通だったら生まれ変わったら今度会おうよっていう言葉じゃなくて、
「明日楽屋で会おうよ、新しいギター見せてあげる」っていう終わり方がね、
すごい。そのレクイエムのようにも感じるし、
手向けにも感じる。こういう曲、清志郎さん他にない。
(ワタナベイビーさん)
その時の姿がなんか神々しい。
この曲の最後に、アルバムの正式バージョンでは ヒッピーさんが亡くなった時に、
「いひー」って泣くような清志郎さんの最後のシャウトが入ってんですけど。
このライブで、その後10年以上経って、ロックの王様として、
なんて言うんですかね、大の男として泣いてるというか、嗚咽みたいな、
「おお、王者が泣いてる」っていうのがあって、
その号泣を表現するボーカルっていうのがあるんで、ぜひ見ていただければと思います。
✅横山さんコメント
魂の叫びってこういうことですよね。
もうシャウトでなんか全てが伝わってくるし、
もうなんか言葉にするのが野暮というか。本当に…
でも何回も歌わないってわかりますよね…
(ワタナベイビーさん)
多分15年に1回とか…
これを地上波で流したのは、我々今日仕事したて感じです(笑)
次回予告
【次回予告】
2024年5月26日(日) よる11時00分~
「詳しくなくても大丈夫!およそ1年半振りのアニソン特集!」
アーティストゲスト
冨田明宏、林鼓子、山内真治
終わりに
忌野清志郎特集
ありがとうございます!
清志郎さんの
歌詞の独特な表現やシャウト、限界ギリギリのキーでの歌唱など、
音楽的な特徴も詳細にありがとうございます。
やはり創造性と独自性すごいです。
個人的に知らなかった曲
「三番目に大事なもの」をリピートして聴いています。いい曲。
また、寺岡呼人さん、ワタナベイビーさん、渡辺大知さんの
エピソードも非常に面白かったです。
ワタナベイビーさん、
ニセ忌野清志郎と二人での曲作りのエピソード、
清志郎さんのお茶目なところ、そして優しいところ、
ほんと素敵な人なんだなと…
ワタナベイビーさんのノリも最高ですね。
勢いって大事だなと思いました。
「ユーモア」「坂道」いい曲すぎます。
ワタナベイビーさんの声も好き。
コラボについて、
HIS、坂本冬美さんもコラボされているとは…
知らなったです。
それもショートコント風(笑)
歴史がありますね
それも結構これキケンじゃないですか(笑)
そして、最後の「ヒッピーに捧ぐ」泣けます。
渡辺大知さん、寺岡呼人さん、ワタナベイビーさんののコメントにも泣けます。
・「その方の人となり、人柄だったり、清志郎さんとその方の間に
流れていたんじゃないかと思う距離感とか、関係性が作る温もりみたいなものを感じられて、
なんかそれがライブをする人に聴いてもらうということなのかな」
・「レクイエムのようにも感じるし、手向けにも感じる」
・「号泣を表現するボーカル」
超貴重な映像が残っていることに感謝です。
最高のライブ映像ありがとうございます。
清志郎さんの凄さをさらに実感致しました。
ほんとにほんとにありがとうございます。
忌野清志郎さんがいかに多くの人々に愛され、尊敬されているかを改めて実感できる
放送をありがとうございました!
「関ジャム」さん、
いつも素敵なゲスト、素敵なテーマ、楽しい番組、誠にありがとうございました!
忌野清志郎さん亡くなられて
15年も経ったんですね…
まだ信じられない
フジロック好きとしては、
フジロックのオープニングが
忌野清志郎さんの曲「田舎へ行こう!」からスタートするので、
まだまだご存命なイメージです。大大大好きな曲。
イントロから最高。元気になれる曲。
これからフジロックが始まるというドキドキワクワクハッピーになれる曲。
音楽は色あせない。
ほんと音楽って素晴らしいですね。
清志郎さん、ほんと素晴らしい曲を作っていただき感謝でございます。
🎵「田舎へ行こう」忌野清志郎
もう一曲
イケハヤさんがおススメされてた
ジョンレノンのカバー曲「IMAGINE」が感情揺さぶりまくりで大好きです。
4:52くらいからドラムが入ってくるところも好きです。
熱いドラム最高です。
清志郎さん歌と宮川剛さんのドラム最高です。
泣けます。
ありがとうございます!
🎵「IMAGINE」忌野清志郎
ありがとうございましたー