
YMO特集!!
大好きな音楽番組
「EIGHT-JAM (旧 関ジャム 完全燃SHOW)」(日曜日 よる11:15~、たまに11:30~)のまとめ記事です。
「EIGHT-JAM」は、プロミュージシャンの方々が、
音楽理論、音楽の奥深さなどを楽しめて学べるので、とても大好きな番組です。
こちらでは、メモ程度に残させていただいております。
気軽に楽しんでいただけれたら嬉しいです。
もくじ
YMO 特集_アーティストゲスト
アーティストゲスト
・岡村靖幸
・砂原良徳
・原口沙輔
✅岡村靖幸
MUSIC AWARDS JAPAN受賞式を前に開催された
YMOトリビュートコンサートに出演。
✅砂原良徳(サウンドプロデューサー)
・通称「まりん」
・1991~99年、電気グルーヴのメンバーとして活動。
・METAFIVE
2014年に結成された高橋幸宏、小山田圭吾、
砂原良徳、TOWA TEI、ゴンドウトモヒコ、LEO今井によるバンド
・TESTSET
METAFIVEのメンバーである砂原とLEO今井が特別編成として
白根賢一(Dr.)、永井聖一(Gt.)を迎え結成。
✅原口沙輔
2003年生まれの音楽家、プロデューサー。
幼少期より坂本龍一の音楽に親しみ、YMOサウンドを聴いて育った。
幼少期からDTMに触れ、
これまでテレビ番組やゲーム音楽劇伴、CM曲の提供、
アーティストプロデュース、企画などを手掛ける。
✅古田新太さんコメント
YMOが出てきたのがちょうど中2の時だから。
「これなんだ!」
テクノポップというジャンルがわからないからさ…
でも、ものすごかった。
うちの中学ではハードロック、ヘビーメタル派と
テクノポップ派で対立する。
バチバチと…(笑)
✅砂原良徳さんコメント
3人とも本当に演奏がうまい人たちで、
本来であれば機械の演奏に頼る必要はない
人たちなんですけども、
なんて言うんですかね、
同じフレーズの反復だったり、一定のテンポだったり、
そういうものを自分たちの音楽の中に
取り入れるという新しい試みだったんだろうな
という風に思いますね。
YMO 特集_アーティストからコメント
✅サカナクション山口一郎
マジョリティであり、マイノリティでもあるYMOは
憧れのプロダクト
✅中田ヤスタカ
中学生のときに最も聴いた
アルバムの中の一つ
✅OKAMOTO'Sハマ・オカモト
やはり3人の音に寿命はないのだなと
痛感させられる
✅電気グルーヴ石野卓球
全部好き、親が
「もう聴くな、やめてくれ」って
いうくらい聴いていた
YMO 特集_SYMBOL OF MUSIC AWARDS JAPAN 2025
🎵オープニングショー 「RYDEEN REBOOT」 YMO | MUSIC AWARDS JAPAN 2025
✅MUSIC AWARDS JAPAN 2025
"SYMBOL OF MUSIC AWARDS JAPAN 2025"として
YMOが選ばれ「RYDEEN」をベースに18組の
アーティストがパフォーマンスを披露。
✅細野晴臣さんコメント
なんとYMOがシンボルとして選ばれたということを聞いて、
とても光栄なことだなと思いました。
ここに種々の都合があって来れない2人がいます。
その名前は高橋幸宏、坂本龍一。
彼らの才能があってこそ、僕はここに立つことができてます。
YMO 特集_YMOヒストリー_初の海外公演
🎵「COSMIC SURFIN’」YMO(1978年)
✅1979年8月アメリカの人気バンドThe Tubesのロサンゼルス公演
約5900人を収容する野外劇場「グリーク・シアター」で
3日間に渡り開催され、YMOはオープニングアクトとして3日とも出演した。
✅岡村靖幸さんコメント
The Tubesのオープニングアクトの時の公演が
日本のテレビでも放送されて、それがすごい衝撃だった。
日本でもすごく話題になった。
ネットがない時代、
テレビをみんな一生懸命観ている時代ですから。
こんなアーティストが
海外でワーって言われてるじゃん!!
YMOって何?と、
日本がそれで盛り上がった。
逆輸入みたいな感じだった。
✅ナレーション
このライブやアルバムが評判を呼び、
わずか2か月後、
日本のバンドとしては初めての大規模な
ワールドツアーを開催。

YMO 特集_YMOが音楽的に取り入れたもの_打ち込み
今やJ-POPで当たり前に使われている打ち込み
✅砂原良徳さんコメント
当時70年代後半ですけれども、
まだ音楽を演奏するのに、実際に生で
ドラム叩いたりギター弾いたりっていうのが
まだ主流な時代だったんですが、
それを割と歌謡曲に持ち込んだのは、
多分、YMOというか、
イモ欽トリオの「ハイスクールララバイ」という
曲があったんです。
これがもう打ち込みのYMOみたいな曲だったんです
それがすごく大きいんじゃないですかね。
それ以降、松田聖子さんとか、いろんな方の楽曲に、
シンセサイザーだとか、ドラムシーンが導入されて、
80年代に浸透していったっていう…
🎵「ハイスクールララバイ」イモ欽トリオ(1981年)
バラエティー番組から生まれたユニット。
細野晴臣が作曲・編曲を手掛け
テクノポップを歌謡曲に取り入れてミリオンセラーに。
✅岡村靖幸さんコメント
打ち込み音楽はたくさんあったとは
思うんですけども…
富田勲さんとか。
でも、そのマリンさんが言うように、
その打ち込みをJ-POPや歌謡曲に持ち込んだのは
やっぱYMO、その曲の印象が初めての印象です。
✅冨田勲(1932-2016)
シンセサイザーを日本に紹介し電子音楽を広めた第一人者。

YMO結成エピソード
✅ナレーション
YMOはなぜいち早くコンピューターによる
打ち込みのサウンドを取り入れたのか。
そもそもYMOは、
1972年にはっぴいえんどを解散し
ソロ活動を行っていた細野晴臣が、
サディスティックミカバンドなどで
活躍していた高橋幸宏と、
スタジオミュージシャンを経て
ソロ活動を行っていた坂本龍一を誘い、結成へ。
1978年2月、
細野が自宅に高橋と坂本を招き、
YMOの結成を持ちかけたという。
その時のことについて
坂本龍一が語った貴重なインタビュー映像が…
✅坂本龍一さんコメント
細野さん言い出しっぺで、
ある日、細野さんが僕と幸宏を自宅に呼びつけて…
こたつに3人で入ってですね、
みかんとか食べて、おにぎりを食ったかな…(笑)。
で、ノートにね、富士山の絵が描いてあって、
富士山が爆発してて、
その上に「YELLOW MAGIC ORCHESTRA 100万枚」
とか書いた、
それがコンセプトの説明だったんですけども、
当時26、7歳だと思います。
✅はっぴいえんど
細野晴臣、大瀧詠一、松本隆、鈴木茂による
日本語ロックの礎を築いた4人組バンん度。1972年解散。
🎵「風をあつめて」はっぴいえんど(1971年)(LIVE1985年)
✅サディスティック・ミカ・バンド(Dr.高橋幸宏)
🎵「タイムマシンにおねがい」サディスティック・ミカ・バンド(1974年)
✅EIGHT-JAM 2025年7月6日 高橋幸宏特集!!(本間昭光、木村カエラ、川上つよし、ゴンドウトモヒコ)

YMOが誕生し活動した70~80年代


✅ナレーション
こうして結成されたYMO。
彼らが活動した
1970年代から80年頃を振り返ってみると、
時は高度経済成長。
1950年代後半から
日本の経済は飛躍的な成長を遂げ、
1970年大阪万博が開催。
1973年にはビデオゲームが、
79年にはソニー、ウォークマンが登場。
他にも車や電気製品などメイドインジャパンが席巻し、
世界第2位の経済大国に持ち上がった。
日本を分析した本
「ジャパン・アズ・ナンバーワン」がベストセラーに。
アートカルチャーの面では、
1973年、デザイナーの三宅一生が
パリコレクションに初進出。
さらに1980年には黒澤明がカンヌ映画祭で
最高賞であるパルムドールを受賞した。
✅砂原良徳さんコメント
カルチャー全体を見たとき、
もしくは日本の経済成長とか人々の生活の変化とか、
そういうものを考えた時に、
いろんなことが一気に海外に広がっていく
ような時期だった。
カルチャーだけでなく、
いろんなものが日本から海外に出て行った時期。
YMOのファーストアルバム
✅1978年、YMOデビュー
🎵「COMPUTER GAME"Theme From The Circus”」YMO(1978年)
✅砂原良徳さんコメント
日本では78年、
スペースインベーダーというゲームが出た。
同じ年にリリースされたYMOのファーストアルバムは、
ゲームの音から始まっている。
いろんなことが重なった中で、
出るべくして出たというふうにも考えられると思う。
✅岡村靖幸さんコメント
時代との兼ね合いも
すごくガチッと合ったというのもあると思う。
「ウォークマン」が出てきたりとか、
コンピューターが出てきたりとか、
テクノロジーと音楽、時代とのリンクも
あったんだと思う。
テクノサウンド
✅ナレーション
YMOが全面的に取り入れたのは、
まだ日本には浸透していなかったテクノサウンド。
🎵「Autobahn」クラフトワーク(1974年)
✅砂原良徳さんコメント
ヨーロッパの方ではクラフトワーク(ドイツ)や
ウルトラヴォックス(イギリス)など、
テクノを取り入れたアーティストがたくさんいた。
特にドイツはシンセサイザーが非常に盛んで、
有名じゃないバンドも含めてたくさんいたと思います。
日本でも打ち込みやシンセサイザーというものはあって、
広い意味でテクノニューウェイヴという枠で考えると、
プラスチックスやP-MODEL、ヒカシューというバンドはいたが、
あそこまでシンセサイザーを前面に出して
ダンスビートを強調してやっていたのはYMOくらいだったのでは。
✅原口沙輔さんコメント
やっぱり音の使い方とかって
当時まだ模索している時代だった中で、
結構アレンジメント、
シンセサイザーの使い方とか、
打ち込みにおける
こうやってったらいいみたいなところで、
かなり後の音楽に影響を受けてます。
未だに…
無意識ですよね。
無意識に影響を受けてるんじゃないかと思います。
2ndアルバム「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」


✅1979年の年間シングルランキング(オリコン調べ)

✅ナレーション
デビュー翌年には、
「RYDEEN」や「Technopolis」といった代表曲が
収録された2ndアルバム
「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」を発表。
当時まだ演歌や歌謡曲がヒットチャートを賑わせていた中で、
オリコンアルバム週間1位の大ヒットを記録。
若者のみならず、
大人から子供まで人気が広がる社会現象となった。
🎵「RYDEEN」YMO(1979年)
✅砂原良徳さんコメント
いきなり出てきたんですけど。
いきなり出るべくして出た
ただ、やっぱりあの3人が出会わないと
なかったんだろうなとは思う。
じゃあYMOがいなかったら
他の人がやったかというと、
やらなかったんだと思います。
✅SUPER EIGHT村上さん質問
まりんさんのコメントで
あの時期に、じゃあYMOがもしやらなかったとしても、
他にやってなかったんじゃないかというコメントありましたけど…
(砂原良徳さん)
似たようなものを誰かが作った可能性は
あると思うんですけども、
やっぱり微妙なことが形になったんで、
ちょっとバランスが変わると…
例えば、高橋幸宏さんみたいなファッショナブルな人が
メンバーにいたりすることで、ファッショナブルな感じになって、
すごい強いインパクトがあったりとか、
坂本龍一さんみたいな、教授と呼ばれるような、
その理論でですね、音楽を作る人とか、
細野晴臣さんのようなアメリカンポップスとか
いろんなそういう人たちがこうごちゃって合わさって、
しかもその周りに、
そういうことに興味があるスタッフ、デザイナーとか。
いろんな演出家みたいな人が集まってきて、
あの形ができたんだと思うんですね。
だから非常に事故のようなことと
言っても良いんじゃないかと。僕は思います。
✅岡村靖幸さんコメント
僕も全く同じ意見ですね。
YMOのは最初、
細野さんが幸宏さんと坂本さんじゃないメンバーで
考えてたって話ですけど、
そのメンバーだったら
全く違う音楽になってたと思います。
砂原くんが言うように、
その美意識みたいなこととかは
アカデミックな要素とかのその後に出てくるんですけど、
ちょっと前衛的なこととか実験的なこととか、
すごくやるんですけど、
やっぱあの3人じゃなかったら
あのパズルはできなかったような気がしますね。
「BEHIND THE MASK」坂本龍一さんコメント
🎵「BEHIND THE MASK」YMO(1979年)
🎵「BEHIND THE MASK」Michael Jackson
🎵「BEHIND THE MASK」Eric Clapton
✅坂本龍一さんアンケート回答(2023年)
ポップを定義することは本当に難しいことです。
ただ、自分の作品の中で1つのヒントになるのは
「BEHIND THE MASK」かと思っています。
あれも元々はポップなことなど1ミリも考えずに
作った自分の曲で、YMOで取り上げたわけですが、
それをマイケルジャクソンがカバーしたり、
(事情があって「スリラー」には入りませんでしたけれど)、
その後はエリッククラプトンがカバーしたり。
あの曲には、
フレーズとコードが合わさった4小節の繰り返しの中で、
人をグルーヴさせるもの、
ロックさせるもの(揺さぶるもの)が
何がしかあるんだろうと思うのです。
それでいろんな人に取り上げられるのだと思う。
そこに何かヒントがあるのかなと思います。
打ち込みと生演奏の融合
🎵「TONG POO」YMO(1978年)
✅原口沙輔さんコメント
シンセサイザーのイメージが
やっぱりとても強いとは思うんですが、
生演奏とシセサイザーのこのバランスも
なかなかやっぱり当時はいなかったんじゃないかなと
思っていて。
人間と同期していたっていうところが
やっぱりすごい魅力だったんじゃないかなと思います
✅岡村靖幸さんコメント
結局、今すごくありますけども、
シーケンサーが走ってて、
ドラムとベースは生とか、それの走りですね。
だから本当はバカテクの3人なので、
生もできるし、鍵盤も弾いてるし、
だから、人間的なフィジカルな部分と、
シーケンスが走ってるの、
もう絶妙なバランスがYMOにしかない
グルーヴがありますね。
✅砂原良徳さんコメント
当時は、
楽器演奏する人たちから見ると、
批判もあったんだと思うんです。
なんか機械の音が冷たいとかっていうことを
当時はすごくよく言われて。
冷たいのがダメなのかっていういうのが、
僕にはよくわからなかったんですけど…(笑)
YMO第4の男_松武秀樹
✅松武秀樹
シンセサイザーの世界的な第一人者。
デビュー当時からYMOにプログラマーとして参加。
レコーディングや世界ツアーにも帯同し
”YMO第4の男”と呼ばれる。

✅岡村靖幸さんコメント
松武さんは最初、
冨田勲さんのとこでお弟子さんのような形で
なってたんですけども、
当時、プログラミングでするってなると、
もう多分松武さん以外、
誰に頼ったらいいんだろうって形だったんです
で、最初の頃はライブツアーも一緒に回ってましたし、
アルバム何枚目かまではずっと松武さんが
シーケンスの打ち込みをやってました
✅ナレーション
今年5月に開催されたミュージックアワーズジャパンの
YMOトリビュートコンサート。
YMO第4の男の異名を持つ松武と
YMO孫世代の22歳、原口沙輔が共演を果たした。
🎵松武秀樹 / 原口沙輔 - Behind The Mask | A Tribute to YMO
・松武が操っているのは、YMOでも使われた
アナログモジュラーシンセサイザー、通称”タンス”。
ケーブルの繋ぎ方を変えることで自由な音作りができる電子機器。
✅原口沙輔さんコメント
やっぱり昔のYMOのライブの映像とか見ると、
後ろにこう大きな「タンス」と呼ばれてましたけど、
そのシンセが大きくも映っていて、
それを同じセッティングで後ろにあって、
その前で自分が演奏できるってことは、なかなかない。
ものすごい貴重な機会をいただいて、
改めて嬉しいなと思いました。

✅古田新太さんコメント
「タンス」にコードをさすのもかっこよかった。
当時
「何をしとるねん、この人たちは…演奏中に…」ていう(笑)
✅松武秀樹さんコメント
普通は自分みたいなシンセサイザーの
プログラマーはステージには上がらない。
でも、細野晴臣さんが
「松武さんもステージに」と言ったのは、
人間対機械のステージ上でのせめぎ合いというか、
共存共栄をお客さんに見せる
バンドコンセプトも関係あったのだと思う。
YMO 特集_YMOが音楽的に取り入れたもの_ボコーダー
ボカロP誕生につながっている!?ボコーダ
✅ボコーダー
マイクから入力された音声の特徴を抽出・分析し
ロボットボイスのような機械音に加工するエフェクター

🎵「灰色と青(+菅田将暉)」米津玄師(2017年)
🎵「アジアの純真」PUFFY(1996年)
🎵「TECHNOPOLIS」YMO(1979年)
✅砂原良徳さんコメント
ボコーダーを当時使っていたグループは
日本にはほとんどいない。
とにかく聞いたことない声だったから
みんなびっくりした。
それが友達の家へ遊びに行ったら、
友達のお父さんがふざけて「TOKIO」と言ったことが…
それぐらいYMOはヒットして、
ボコーダーボイスが日常にも浸透していた。
ボーカロイド
🎵「千本桜」WhiteFlame feat 初音ミク
🎵「人マニア」原口沙輔(2023年)
✅砂原良徳さんコメント
ボカロはボコーダーではないが、
音声合成の機械に歌わせようという
考え方としてはすごく近いところはあると思います。
きっかけというか、大きな流れの中には、
やっぱりボコーダーは絶対あるにはあると思う。
ボカロPが活躍するために環境づくりに
寄与した一面はあると思います。
✅原口沙輔さんコメント
完全に直結してそう繋がっているとは
思わないんですけども、
ボコーダーっていうのが曲に乗せるにあたって、
やっぱりテクノというジャンルを取り扱うにあたって、
機械を通したとか、品質、シンセサイザーを通した音で、
声で、ああいった無機質な声というか、
それが乗ることによって、
音楽としていいですよねっていうものを
提示されたと思っているんですよ。
それが今わざわざボーカロイドって技術を
使って曲を作って、
何がいいんだと思われることもあると
思うんですけど、
やっぱりそのこういった無機質な声の良さって
ありますよねっていう根拠に繋がっているかなと
思って、それを胸張って言えるなっていうのは、
やっぱり理由がそこにあるなと思います。
✅砂原良徳さんコメント
最初の頃は、こういう電子楽器を使ってる人たちが、
機械に歌わせたいっていう欲求は非常にあると
思うんですね。
やはりその欲求を満たす上でいろんな手法が
出てきたと思うんですけど、
その1つがボコーダーであり、
その1つの結果がボーカロイドであり
ということなんだと思うんです…
✅川田裕美さんコメント
本当に世の中に浸透するかどうかわからない、
受け入れられるかわからないことをやっていく、
その怖さとかもなかったのかなとかいう、
その不思議もあります。
まず私たち音楽って人間が歌うものだから、
もうそもそもなんかストルメンタルだけだったりとか、
歌っていても、そういう今みたいなロボットボイス
だったりとかっていうのを入れたことに
どう反応するんだろうっていうのは、
当時本当にどう受け止められてたのかな
とかいうのも不思議に思いますね。
✅SUPER EIGHT安田さんコメント
当時の日本の皆様のその対応力っていうんですか、
いきなり分からないものが出てきて、
それに乗れたっていうのも、
日本人のその対応の速さとかすごさを
感じました。
それがちょっとびっくりしました。
YMO 特集_YMOが音楽的に取り入れたもの_サンプリング
ヒップホップの基本サンプリング
✅サンプリング
録音した音や既存の音源を加工し、
新たな音色やフレーズを作る技法

✅ナレーション
現在のJ-POP界では当たり前になっているもの。
3つ目は、今やヒップホップでは基本となっている
技法サンプリング。
1981年に発表された5枚目のアルバム「テクノデリック」
このアルバムで導入された手法がサンプリング。
🎵「TAISO」YMO(1981年)
🎵「Baby You Can Cry!」AI(2019年)
・安室奈美恵「Baby Don't Cry」(2007年)をサンプリングした楽曲
🎵「NEUE TANZ」YMO(1981年)
✅岡村靖幸さんコメント
それまでサンプリングというのは全くなかった。
サンプラー自体が売ってなかった。
松武秀樹さんが「テクノデリック」の頃に
スタジオにまだ商品化されていない実験機
みたいなのを持ってきた。
当然、世の中の誰も
「サンプリング」ってことは出来てなかった時代。
✅砂原良徳さんコメント
これらが今ヒットしているヒップホップの楽曲に
繋がっていることは間違いないと思います。
✅岡村靖幸さんコメント
多分あの頃なので、
サンプリングの時間が短かったと
思うんです。
だから、普通だったらスネアに使う音を
別の音にしてみたりとか、
段ボール叩いてみたりとか、
ガラスが割れた音にしてみたりとか
実験的なことをさらにやるきっかけでも
あったと思います。
TR-808とProphet-5①
✅ナレーション
さらにその一作前のアルバム「BGM」では、
今もヒップホップなどのジャンルで広く使われている
機材もいち早く導入。

🎵「CAMOFLAGE」YMO(1981年)
✅砂原良徳さんコメント
このアルバムではTR-808というリズムボックス、
ドラムマシンが使われている。
それは今のヒップホップとかテクノとか、
ブラコン(ブラック・コンテンポラリー)とか
STUTS君とか…
そういう人たちの間でも
全然スタンダードな形になっている。
✅TR-808
・1980年、日本のメーカーであるローランドから
貸し出されていた試作機をYMOの武道館公演で使用。
・これが世界で初めてTR-808が演奏されたライブとなり
その後、日本製のTR-808が広く世界で使われるように。

🎵「CUE」YMO(1981年)
✅Prophet-5
1978年に発売されたアナログ・シンセサイザー

✅砂原良徳さんコメント
さらにProphet-5というシンセサイザーも
使われている。
Prophet-5は今でもみんな
ビンテージシンセサイザーとして
使っている今もすごく人気のある楽器。
✅原口沙輔さんコメント
J-POPだけに限らず、
海外のヒップホップ自体にも
影響をかなり及ぼしているんじゃないかなと
思ってるんです。
当時だと
とても珍しくて、音が革新的で、
それを聴いた海外や
ニューヨークでヒップホップを
やっていた人たちとかも、
ラジオでかけたりとか、
アフリカ・バンバーターっていうヒップホップを
提唱した人とかが、
YMOの楽曲、坂本龍一さんの楽曲を
DJでプレイしたり、使いまくって、
どんどん広まっていって、影響が広がって
いったんじゃないかなと思っています。
✅アフリカ・バンバータ
ニューヨーク出身のミュージシャン・DJ。
70年代から活動するヒップホップのパイオニア。

TR-808とProphet-5②

✅砂原良徳さんコメント
Prophet-5っていう、シンセサイザーです、
たぶんYMOが使った1番使用頻度が高かったのが
このProphet-5です。
当時はですね、
1音しか出ない、和音が出せないシンセサイザーが
多かったんですけども、
このProphet-5のファイブっていうのは、
和音が5つ、5声まで出せる意味です。



✅砂原良徳さんコメント
「ヤオヤ」と呼ばれてるんですが、
TR-808っていうのが正式な名称。
それまではですね、
リズムボックスはあったにはあったんですけども、
あのパターンが自分で作れない、
最初からロックとかボサノバとかですね、
決められてるのをここで、
例えばエレクトーンみたいな楽器には
元々ついてたりとかして、
そういうものはあったんですが、
パターンを組める形では割とこれが
最初と言ってもいいんじゃないでしょうかね。
あと、音色も非常に特徴がありまして、
やはり808ならではの音が、
特にヒップホップの人ではこのハイハットって、
ドラムで言うこのチキチキチキってやるその音が、
多分この音、今でもすごく使われてるんだと思いますけど、
こういう感じの音なんですね。
✅SUPER EIGHT安田さんコメント
このTR-808のハイハットの音とか、
何を元にしてサンプリングに
なったりしたんですかね…
(岡村靖幸さん)
元に近いものにしたかったはず…
(砂原良徳さん)
生ドラムの音に近づけたかったんですけど、
できないからこれねっていう…
(SUPER EIGHT村上さん)
妥協ラインというか…
味のある音になるんだ…
(砂原良徳さん)
でも、それがいいんですよ。
よくないと思って、
今でも普通に使われているという…(笑)
YMO 特集_細野晴臣さんからメッセージ

質問1_昨今の音楽にYMOの影響を感じる?

✅細野晴臣さん回答
いや、特に感じないんですよね。
たまたま僕たちは先にやってただけでね。
そういう機材が初めて目の前に
売られてたいたことを知って
誰も使ってなかっただけで。
打ち込みっていう言葉、
そもそもそれは多分YMOからだと思うんですよ。
っていうのは、
数字を打ち込んでたんですね、
今は数字打ち込んでやってる人はいないんで、
そういう意味では
もう普通にギター弾いたり、
そういうことと同じように
みんな扱ってるわけでね。
決して僕たちが特に影響したという感想は
持ってないですね。
質問2_YMOが広く世界で聴かれるカギは?

✅細野晴臣さん回答
日本でも世界でも割と新しい音楽だったんで、
それほど多くの人が聴いてないわけで。
世界の少数派って音楽のマニアがいるわけですね。
そういう人たちに向かって、
世界中にそういう人がいるので、
そういう世界の見え方ってのもあるんだなと思って。
ベストセラーとかそういうこと考えずに、
少数派の音楽マニアに向けて、
発信しようと思ったんです。
みんなの好奇心をくすぐったというかね。
でも、ロンドンでやった時に、
若い女の子が追っかけてきて
「CUTE」って言ってくれたんで、
そこからなんか自信がついたんですよね。
「ああ、これで良いのか」と…
僕たちの憧れはクラフトワークとかね、
そういうなんか鉄壁のコンセプトを
持ってるようなドイツ的な構築力があるテクノ
だったんですけど、
やっぱり僕たちの足元を見ると、
畳と障子の文化だったっていうのは
感じるわけですよ。
それでも「CUTE」って言われると、
あ、軽薄さもいいんだなっていう…
ちょっと嬉しかったんですね。
質問3_「初めて」「新しい」ものを取り入れられた理由は?

✅細野晴臣さん回答
オモチャですよね。
子供がオモチャ見つけて遊ぶという
感じがすごくあると思います。
当時は同時にアーケードゲームっていう、
テレビゲームですよね。
そういうものの走りでもあったし、
それも同じように遊んでたんで、
そっくりなんですよ。
音楽とね、ゲームって。
多分今の若い人もそう思ってんじゃないかな。
おもちゃの扱い方こなすまでの試行錯誤って
面白いわけですよ。
最初全くわかんないんですよ。
僕たちみんな元々ミュージシャンで、
もちろんずっと未だにやってるわけですけど、
そういうミュージシャンからするとですね、
何も弾かなくて音楽ができるっていうことが
驚きだったんです、最初はね。
で、数値で音楽ができる、
数値を打ち込むことで違う音楽ができるというな。
最初は悩みましたけど…
「ベースいらないんだ」と思って、
自分で弾かなくていいっていう。
それがやっぱりだんだん面白くなってきた
っていうことですね。
リズムが全く違うからね。自分と。
均等なんでね。
別に自分はそういう風に弾こうとは
思ってなかったんで、
機械の音楽ってのは面白いなと思って。
幸宏はそれと戦ってたっていうか、
みんな嫌がるんですよ、ドラマーは。
でも、幸宏はそれが楽しいっていう感じで
やってましたね。
若いミュージシャン達へメッセージ
✅細野晴臣さんよりメッセージ
俺はね、
今の若い人もそう思う人が
増えてるかもしれないけど、
単に商業主義だけでは音楽はできないよっていう。
そういう気持ちが
段々みんな芽生えてんじゃないかなと思いますね。
ですから、
あんまりもうセールスと考えずに
好きなことやってくっていう、
そういう人が増えてるような気がしますね。
もう(自分は)好きなことしかやってないです。
色々プレッシャーもあったんですけど、
テレビ出なきゃいけなかったとか、
そういうのはあったんですけど…
結局は楽しんでましたね。
ほんと音楽が好きなんですよね。
音楽が好きだっていう気持ちは
多分1番大事なんじゃないですか。

✅岡村靖幸さんコメント
日本にとってですね、ものすごく巨大なバンド、
1つのカルチャーと言ってもいいぐらいの
存在だったと思います。
社会的な影響もね、すごく与えて、
彼らのファッションや
彼らの言動や彼らの褒めるものなどに
みんな影響を受けて、
とても巨大な存在になったので、
本人たちも苦しかっただろうなと思います。
今から考えるとすごい短いタームでアルバムを出して、
で、解散、散開(さんかい)ていう言い方しましたけど。
もうとにかくイカしてました。
イカしてるなあと。
ユーモアもすごくあるバンドで、
「増殖」ってアルバムだとコントを中に
はめ込んでたりとかして、
そういうのも、すごくみんな影響を受けました。
何しろイカしてると。
とりあえずかっこよくて、
イカしてるバンドでしたよね。


✅砂原良徳さんコメント(細野晴臣さんのメッセージについて)
非常に重たい言葉だったと思いますね。
特に最後は。
自分も結局音楽をやっていくにあたって、
自分の好奇心よりも上に来るようなこと
というのはやっぱりなくて、
好奇心に忠実にやってるつもりなんですけど、
改めてそうしていこうかなっていう風に思いました。
次回予告
【次回予告】
🎵2025年12月14日(日) よる11時15分~
「プロが楽しく解説 洋楽特集!!」
✅アーティストゲスト
スガ シカオ、本間昭光、ROY(THE BAWDIES)、mabanua
✅トークゲスト
足立梨花、山崎弘也(アンタッチャブル)
終わりに
「YMO特集」
ありがとうございます!
【印象に残った言葉など】
・テクノポップ
・3人の音に寿命はない
・種々の都合
・彼らの才能があってこそ、僕はここに立つことができてます
・テレビをみんな一生懸命観ている時代
・逆輸入
・ハイスクールララバイ
・冨田勲
・富士山が爆発
・YELLOW MAGIC ORCHESTRA 100万枚
・ジャパン・アズ・ナンバーワン
・スペースインベーダー
・出るべくして出た
・テクノロジーと音楽、時代とのリンク
・無意識に影響を受けてる
・事故のようなこと
・美意識
・アカデミックな要素
・ポップを定義することは本当に難しい
・人間と同期していた
・絶妙なバランスがYMOにしかないグルーヴ
・YMO第4の男"松武秀樹"
・アナログモジュラーシンセサイザー
・タンス
・人間対機械のステージ上でのせめぎ合い
・共存共栄をお客さんに見せるバンドコンセプト
・ボコーダー
・無機質な声の良さ
・機械に歌わせたいっていう欲求
・実験的なことをさらにやるきっかけ
・TR-808(ヤオヤ)
・Prophet-5
・味のある音
・今でも普通に使われているという…
・少数派の音楽マニアに向けて発信しよう
・「CUTE」
・畳と障子の文化
・あ、軽薄さもいいんだな
・音楽とゲームってそっくりなんですよ
・数値で音楽ができる
・幸宏はそれと戦ってた
・単に商業主義だけでは音楽できないよ
・好きなことしかやってないです
・音楽が好きだっていう気持ち
・かっこよくイカしているバンド
・好奇心に忠実にやる
■打ち込みの語源
「打ち込み」って元々
数字を打ち込んでいたって知らなかったです。
数字って!
どのような作業をしていたのかとても気になります。
■「COSMIC SURFIN'」
初めて聴きました。めちゃいい曲。
高橋幸宏さんタイト。
女性のキーボードさんかっこいいと思ったら
矢野顕子さんなんですね、かっこいい!!
あとタンスってこれか!!!と思いました。
かっこいい!!
■坂本龍一さんコメント
「BEHIND THE MASK」について
「フレーズとコードが合わさった4小節の繰り返しの中で、
人をグルーヴさせるもの、ロックさせるもの(揺さぶるもの)が
何がしかあるんだろうと思うのです。」
とても深いです。
リフの気持ちよさ、心地よさ、中毒性、
そこにロックされるものがある…深いです。
マイケルジャクソンにエリッククラプトンが
カバーするというのはほんとすごい。
■高橋幸宏さんのドラム
叩き方好きだなー、タイトでとても気持ちがいい
ファッションもかっこいい
ドラムのセッティングがステージの中央というのも素敵。
また、細野晴臣さんのコメントで
「幸宏はそれ(シンセイサイザー)と戦ってたっていうか…
みんな嫌がるんですよ、ドラマーは。
でも、幸宏はそれが楽しいっていう感じで
やってましたね。」
が刺さります。
■細野晴臣さんのラストコメント
「単に商業主義だけでは音楽はできないよ」
「結局は楽しんでましたね。ほんと音楽が好きなんですよね。
音楽が好きだっていう気持ちは、多分1番大事なんじゃないですか」
これからのAI時代、
似たようなものが溢れ、個性が埋もれていく危惧があります。
AIとリアルの違いが見分けにくくなるのは予想できます。
そんな時代だからこそ、
好きなものに没頭し、深く集中する
そこから生まれるクリエイティブにこそ、
唯一無二の価値があるのだと思います。
大切な気づきを有難うございます!
あらためて、
YMOをフジロックで体験できたことが幸せです。
「EIGHT-JAM(エイトジャム)」さん、
いつも素敵なゲスト、素敵なテーマ、楽しい番組、誠にありがとうございます!!
厳密にはボコーダーでは
ないかもしれませんんが
バトルスの「Atlas」という曲の
ボイスチェンジャーは衝撃でした。
大好きな曲。
フジロックでもワンマンでも見ました。
ドラム、ジョンステニアー氏のドラミング、
シンバルの高さも好きです。
また見たい…☺
こういう音楽もYMOの影響していると思うととても
感慨深いです。
🎵「Atlas」Battles
ゲストの岡村靖幸さん、
松任谷由実特集に続き出演していただき嬉しい限りです。
岡村靖幸さんの
「あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう」
という曲が大好きです。
某ラジオ番組のジングルで利用されていて、青春です。
音楽って素晴らしい。
ありがとうございます!
🎵「あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう」岡村靖幸